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note を本格的に更新していきたい

先日ついに note の自動投稿機能がある程度かたちになったので本格的に note も更新していく所存をここに示す

note を本格的に更新していきたい

はじめに

昨日、そうだ Apple Watch、買おう。7 年数ヶ月ぶりに Apple Watch を買い替えた話 という記事を先に投稿したので、順番が前後してしまったが、本来はこちらの記事を先に投稿する予定だった。というのも、過去に投稿した note を使いたくても使えない理由と運営にお願いしたいこと という記事を読んでもらえればわかるとおり、今まで note は積極的に使ってこなかった。アカウントを作成した日時を公式設定で調べる項目は見当たらなかったのだが、1Password のパスワード生成日を見たら 2020 年 2 月 21 日だったから 6 年以上経過しているが、本記事を含めてまだ 6 投稿しかない(Apple Watch の記事で 5 投稿目)ことからもそれがわかるだろう。

note の魅力

だが、やはり note のことが忘れられなかった(元カノの話みたいだ)。SEO 対策に限りがある個人ブログと違って、note はふつうに検索しても上位に来ることが多く読まれる可能性が高い。それに note 内のコミュニティもある。つまり、関連記事やハッシュタグなどから読まれることもあるし、バズればワンチャン note のトップに表示されることもあるかもしれない。note 公式が定期的に開催しているお題のようなものに参加してみるのもおもしろいかもしれない。

とにかく note には記事を投稿するためのモチベーションとなるものが散りばめられていると感じる。やっぱりせっかく書くからにはそれを求める人には読んでほしいという気持ちがあるし、他の人の note 記事やお題に触発されてなにか記事を書くことでそれが思いもよらぬ反響を呼ぶ可能性だってある。そういった高揚感はやはり note のようなコミュニティ式のプラットフォームじゃないと味わいづらいよなというのは前から感じていた。

それに、これは各々の記事で順次書いていこうと思っているが、最近特に世の中に対する不満や人生の行き詰まりのようなものを感じたりしている。そういうフラストレーションを吐き出すとき、自分はよく文章を書きたくなるので、そのストレスを発散する場がほしかったというのもある。個人のブログだけだとほとんど読まれることはないから、これだけ不満や閉塞感が募っていてそれをぶちまけても、なんだか虚しい気持ちになってきたりする。

だから、そういった感情のはけ口という意味でも note を使っていきたいという気持ちが日に日に高まっていった。もともと文章を書くのは(下手だが)好きなので、そういった背景がなかったとしても、自分の考えや気持ちをアウトプットして表現するというのはやりたいと思っていた。

足かせ

しかし、やはり note を使いたくても使えない理由と運営にお願いしたいこと に書いたとおり、自分の執筆した文章(文章に限らず創作物)は我が子のようなものなので、特定のプラットフォームに依存せずに手元に完全なコピーとして取っておきたいという気持ちがある。

エクスポート機能を使えば note に投稿したものを手元にダウンロードできる。たしかにそうなのだが、実際に試したところ、形式が XML だったので、やはり他のプラットフォームへのインポートを目的としており、手元に記録としてそのまま残せるような形式にはなっていない。これが(note に限らず)特定のプラットフォームに依存したときの自分のデータが望む形で保存できない不満の一つだ。

だから手元にあるものをマスタデータとし、それをインターネット上に公開するという GitHub Pages のようなもののほうが、データを残すという観点においては好みである。それに Git に乗っかっていればコマンド一つで自分が意図する形式ですべてをダウンロードできるのも、データ保全という意味では最適なのではないかと思う。端的に言えば、ブログ記事データはマークダウンで記録しておきたいが、note に直接執筆するとそれが難しいということだ。

解放

かといって GitHub と note にそれぞれ手動で投稿するのは手間である。なので、どうにかしてそれを解決したかった。そして、2 月末ごろにようやく重い腰を上げて、ようやくその問題に対処することが(今のところ一応)できた。詳しくはここでは書かないが、GitHub とかを適当に探してもらえれば、なにを言っているのかはわかると思う。もしこれを運営の人が見ていたら、悪用をするつもりは毛頭ないので、どうか多めに見ていただきたい 🙏🙏🙏

ただ、ここで改めて申し上げたいのは、道具を悪用する人間が悪なのであって、道具自体やその作成者に罪はないということだ。この手の話題に関しては、よく包丁の例え話を使う。凶器として包丁を使用した殺人事件が発生したとき、人を簡単に殺せる包丁という道具を作った職人が罪に問われては身も蓋もないのである。しかし日本においては、こういった問題が起きやすい傾向があるのが大変残念に思う。その代表が Winny 事件だと思う。当時の京都府警の行動は万死に値する蛮行であったことをゆめゆめ忘れてはならない。

さいごに

ともかく そうだ Apple Watch、買おう。7 年数ヶ月ぶりに Apple Watch を買い替えた話 を投稿したことである程度問題ないことは確認したので、今後はもっと積極的に note を活用していきたいと思う。なんだかんだ言って文章で考えや気持ちを表現するのは好きなんだよな。それにさっきも書いたとおり、仕事のことやお金のこと、世の中のことなど、書きたいことはたくさんある。そのほとんどが不満に満ちたものだが、そういうネガティブな感情であっても、それを原動力として創作物に昇華することで少しでもこの不満を払拭できたらなと思っている。

この記事は Apple Watch の記事と順番が前後しただけあって、やっぱりなんかいまいち気分が乗らなかった。ここでは詳しく書けないこともあるからなのか、note を使いたくても使えない理由と運営にお願いしたいこと とほぼ言いたいことが被っているからなのか、あるいはこの問題がある程度自分の中で解決したから note を本格的に使っていきたい、というシンプルな一言で済んでしまうからなのかはわからないが、ちゃんとした文章を書こうなんて気負っても楽しく書けないし億劫になるだけだから、そのときの気分に合わせてもっと気楽に更新していけたらいいなと思っている。

あと、将来的には、執筆活動などの個人の活動で生活ができたらいいなと思っている。これに関しても仕事(労働)に関する不満として別記事で詳しく書こうと思っているのだが、やはり自分は企業務めや雇われの仕事よりも、こうした自分の創作物で生計を立てる生き方のほうが性に合っているようだ。問題はそれで食っていけるのは限られた人間だけで茨の道であり、また生活も不安定になる可能性が極めて高いが、自分に合わない仕事を続けて疲弊し絶望したまま人生を終えるより、大変でも自分がやりたいと思えるような活動を通して生活を続けられるような生き方をしたい。

note には収益化の仕組みも整っている。書き忘れていたがこれも note を本格的に使いたいと思った理由の一つだ。文章力も知名度もない自分がどこまでいけるかはわからないが、やるだけやってみたいという気持ちだ。まだ有料記事を作る予定はないが、もしこれから note を続けていってそれなりに閲覧数が増えるようになったら、収益化も視野に入れて少しでもこうした個人の創作活動での仕事にシフトしていければいいなと考えている。

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