ロクでもない 2025 年を振り返って
2025 年を振り返って感じた愚痴をこぼす
今このブログを書き始めているのは 12 月 31 日 22:22 だ。あと 1 時間半ちょっとで今年も終わる。別に年末にブログなんか書くつもりはなかったのだが、数時間ほど前に簡単に今年を締めくくってみようと思い立ち急きょこのブログ記事を書いている。
まあ、今年もロクな一年ではなかった。
仕事
去年の 10 月末ごろにオーストラリアから日本に帰国してから、引き続きフリーランスとして仕事をしている。とはいっても同じ会社で契約しているわけではなく、様々な案件を転々としていた。去年はじめてフリーランスとして受けた案件は去年の 12 月に契約が切れて、1 月は特に何もしていなかった。2 月からまた別の案件として稼働を始めたが、その案件も 4 月末で終了した。
週 5 日 8 時間で働く、というのがどうしても合わなくて、こんなに仕事ばかりしていたら自分で何かを始めるというのもなかなか難しいし、まともな休みも取れない。だけどこのときの会社では稼働時間を減らすことはできず、結局 4 月で契約終了となった。
その事情を当時のフリーランスエージェントに説明したところ、週 3 日の案件を探してくれたのだが、これは継続的に更新できる案件ではなく、遅くても 9 月末、早く終われば 8 月末で終了することが決まっている案件だった。継続的に保守・運用を続けるサービスではなく、クライアントの要望に合わせて仕様を変更したら終わり、というものだった。
それに、チーム開発ではなく仕様書を渡されて、基本的に一人で開発を進めて納品するというものだった。今までこのような環境で仕事を受けたことがなく、基本的に時間や稼働する曜日も自由だった。それに加えて特定の先方企業が使うための簡易的なシステムであったため、なかなかモチベーションがわかず、結局最後まで納品することはできず途中で案件打ち切りとなった。そもそも継続的に週 3 日で案件がほしかったのでこれは求めていたものとは違ったというのもある。
その間もまともに仕事をしていたわけでもないし、もともと労働意欲が極端に低いので、4 月末で終了した案件からはほぼ働いていなかった。しかしそのときに受け取った報酬による貯金もそろそろ底をつき、重ねて税金や保険料の督促も頻繁に届くようになりさすがにそろそろ仕事を再会しないとまずいと思い、9 月ごろから再び案件を探し始め、いくつかの案件の面接を受けたのち、10 月 16 日から新しい会社で稼働を始め、現在に至る。ポケモン新作発売日・コンビニ解禁日・ニート脱却記念日・30 歳の誕生日 で書いたとおり、この日は 30 歳の誕生日でもある。
週 3 日程度で仕事をしたいと今でも思ってはいるが、現在の案件もふつうに週 5 日 8 時間をベースとした案件なので、結局、今年はこの要望を叶えることはできなかった。働き方としては正社員とほぼ変わらないが、唯一違う点があるとすれば出社の有無だろう。正社員は週 3 日 10:00 から出社する必要があるようだが、自分はフリーランスなので基本的にはリモートだ。ただし会社側はなるべく出社してコミュニケーションを取ってほしいという意向があるようで、自分としても出社以外に人と話をする機会も、買い物以外で家から出る機会もほぼないため、さすがにちょっとは人と交流したほうがいいと思っていたので、週 1 日だけ、午後から出社するということで合意した。それでもなおやはり出社はめんどくさいとは感じているが、週 1 午後のみなのでなんとか耐えている。毎日の日課があり、それが数時間ほどかかるので、出社をすることで移動の時間も増えてなかなか時間が取れないというモヤモヤはある。それでも完全リモートにしてしまうと、先に述べたとおり人との関わりがほぼなくなってしまうので、難しいところではある。
現在の会社での人間関係は比較的良好である。フリーランスだから Slack で入れるチャンネルが制限されており、社員の人との交流(times など)はできないのと、出社する頻度もオフィスにいる時間も社員の人よりも少ないので、若干さみしい感じもするが、まあ仕事上の付き合いなんてどこの会社でもたかが知れているので、こんなものだろうと思っている。仕事をする上では支障はないし仕事上のコミュニケーションは円滑にできているので問題はない。
労働条件という観点においては、残念ながら今の会社も満たされているわけではないが、去年、今年とまともに仕事ができていない関係で金銭的にかなりしんどい思いをしたというのがあり、今後はもう少しだけ安定した働き方をしたいということはすでに ポケモン新作発売日・コンビニ解禁日・ニート脱却記念日・30 歳の誕生日 で述べたとおりだ。それに、後述するが、まだ今年の税金や保険料が払えていない。最終的なデッドラインも迫ってきている。なのでとりあえずしばらくは今の会社でお世話になろうとは思っている。少なくとも向こうから契約を切らない限りは、こちらから別の会社や案件に移ることは今のところ考えていない。人間関係が良好というのも個人的に重視するポイントの一つであり、これは面接をするだけではなんともわからないところでありぶっちゃけ博打のようなものだと考えている。実を言うと今年の 4 月末に終了した案件の会社も、非常に明るくて飲み会なども積極的に誘ってくれる雰囲気ではあったので、この点は比較的恵まれてはいる。ただ去年はじめてフリーランスとして受けた案件の会社はかなり最悪だったので、いつもこういった会社での案件を受けられるとは限らないこと、また金銭的な問題も考えると、あまり簡単に案件を変えることは現状得策ではないなと考えている。
金銭的困窮
金銭的な話が上がってきたのでこれについても触れておこう。今年もとにかく金銭的に困窮していた。その理由は言わずもがなまともに仕事をしていなかったからなのだが、特に年末に近づくにつれて税金や保険料の督促も激しくなってくるので、それが精神的にも追い打ちをかけてくる。払えない状況なのに何度も何度も電話や督促状が送られてくるのは正直ストレスでしかない。この資本主義社会において、仕事をしていないあなたが悪いという意見は非常に真っ当であるのは承知の上だが、そのような意見を持つ者は二度とこのブログは見ないでいただきたいものである。
払うべき税金は、住民税と所得税だ。所得税は来年の 2 〜 3 月に確定申告をしたのちに 4 月に引き落としされる。おそらくこのころには余裕が出ているだろうし、自動引落となっているためそこまで心配はしていない。ただし住民税は、今年の分はまだ 1 円も払っておらず、4 期あるうちの 3 期くらいまではもうすでに期限が過ぎているのだが、まだ払えていないのでとにかく何度も督促の連絡が来る。一応、来年の 1 月にはまとめて払い切れる、というか払いきらないと差し押さえ処分などがあるだろうから、払わなければならない。
しかしつらいのは税金だけではないということだ。保険料も払わなければならない。「払わなければならない」という時点でほぼ税金と変わらない。日本は国民皆保険なので日本に居住を構えている以上は払わないという選択肢が基本的にない。果たして税金と何が違うのだろうか。
保険料も 2 種類ある。国民健康保険料(国保)と年金保険料(年金)だ。どちらも 1 ヶ月ごとの納付書となっており、国保は 6, 7, 10 月期はすでに支払い終えているが、8, 9, 11, 12, 1, 2, 3 月期はまだ払い終えていない。だから半分以上残っている。一報の年金は、とりあえず現時点では滞納はしていない(滞納している期間はあったが)。なのであとは 12, 1, 2, 3 月期を支払う必要がある。12 月期の支払期限は 1 月末なのでまだ支払っていない。年金も義務っていうのが解せないよな。人口もどんどん減っていて若者の負担だけが増加している上に、将来は年金を納めた分だけ受け取れるかどうかも怪しい。消えるかもしれない のに。
しかも国保に関しては政治家による医師会との癒着のせいでかなり高額になっていると聞く。1 年のうちで 1 回行くか行かないかくらいの病院なのに、そのために高い保険料(税金より国保料のほうが高い)を払っている意味がないし、しかもそれが任意ではないことも納得できない。だから税金みたいなものである。まあ保険っていうのはそういう概念ではないのは理解しているが、老いぼれ 年寄りのツールになっていることに納得できる若者が、いったい何割いるのだろうか。自分たちも将来はそちら側になる? いや、人口動態的に今の老人どもと同じ甘い蜜をすすることはできないだろう。
それを、余力で支払っているならまだしも、税金同様、払えないのに何度も何度も督促をしてくるのが腹立つ。特に年金事務所に連絡して相談したときの話だが、男が担当して、免除申請をしてもおそらく通らないと告げた上に「義務なので」云々かんぬん言ってきたのは今でも憎悪を抱いている。声質からして明らかに年を食った印象だったので、てめえらにだけは絶対に言われたくないわと思った。これを書いてまた思い出してイライラしてきた。
とにかく、去年の年末に続き、今年も金銭的にしんどい思いをする羽目になってしまった。繰り返すが、これは自分が今年もまともに労働しなかったせいであるのは百も承知の上である。だが、この資本主義というシステムの中で、労働者として働くことに対しての違和感と嫌悪感がどうしても拭えず、まともに労働する意欲もわかない。これに関しては別エントリーとしてもっとちゃんと書こうと思っていたのだが、未だに腰が重くて執筆できていない。なにより、この国に住むほとんどの人間には共感されないことだろうから、あまり書くモチベーションもわかない。まあいずれ気が向いたら軽く書こうとは思っている。一応、この国でもベーシックインカムやその手の制度を確立すべきであるという主張をする者はいないわけではないからな。
仕事の項目で述べたとおり、今のところ今の案件をやめるつもりはないから、必然的に日本にも住み続けるつもりではあるが、今後あまりにも日本に住むことが割に合わずストレスにしか感じないのであれば、海外転出も視野に入れようかとは考えている。去年、オーストラリアでひどい目にあった(これもブログにまとめようと思っていたけどめんどくさくて書いていない)のでまたすぐに海外に行くという気にはなれないというのが正直なところではあるのだが、それだとずっと不満を抱いたままこの国でうだつの上がらない日々を過ごすことになり、生きているのか死んでいるのかわからない人生になってしまう。だから、選択肢の一つには常に入れておきたいとは考えている。どうせ配偶者も今はいないことだし。まあ、動機が後ろ向きであるからあまり積極的に動くモチベーションにならないこと、人と関わることが基本的にはあまり好きではない(海外ではシェアハウスが基本なイメージ)こと、消極的な性格であることを考えると、それもそれで茨の道ではある気はするのだが……。
今年も彼女はできず
配偶者といえば、そもそも彼女すらいない。今年もほしいなと思ってはいたのだが、結局例年となにも変わらなかった。出会いはまったくないし積極的に探してもいないので当然と言えば当然なのだが。マッチングアプリはやる気になれない。たしか一番最初に使い始めたのは 2019 年のことだったと記憶しているが、そのときからやめては再会し、やめては再会し、を繰り返している。しかしその頻度は歳を重ねるごとに減ってきており、徐々に再開する頻度が減りやっていない期間が長くなっている。というかやっている期間も短いので、やめるのと再開する頻度が多かったとしても、全体を通してみるとやっていない期間のほうが圧倒的に多い。
これに関してもいろいろと不満はあるので別エントリーにしようと思っていたのだが、それをいつ書くのかというと特に決めていなくてこのまま書かずに終わる可能性もある。なのでとりあえず今思いつく限りで軽く書こうと思う。
まず男だけ有料な件に関して。これに関しては、一時期「奢り奢られ論争」として日本中で話題に上がったことが記憶に新しい。深田えいみって フェ◯ 女がツイートした内容に端を発したと認識している。今さらこれに対する個人の見解を懇切丁寧に説明するつもりはないのだが、大前提として、社会人である限りは、自分で食べたもの、自分が買うものは自分のお金で払うべきである。親などの親族に奢ってもらうなどはまだしも、初めて会った人間に対して奢られることを当たり前と思う人間は、正直社会人として終わっていると思う。百歩譲って、まだ女性の社会進出が十分に叶わなかった時代は男が奢るのも納得できる。
しかし今の時代、男女平等(現状は女尊男卑の間違いでは?と思うが)が盛んに叫ばれ、男女雇用機会均等法もある中で、それでもなお基本的に女性は奢られるべきという考え方は理解に苦しむ。これだけ女性が社会で活躍できるようになった世の中で、女性のほうが収入が低いから、という理由を盾にするなら、はっきり申し上げるが、それはあなたの能力の問題である(もちろんすべての女性がそうではないということは、ある程度理解力があるならわざわざ断るまでもないだろう)。
奢るか奢らないかに関しては、当事者間の問題なので好きにすればいいのだが、この考え方がベースにあるからか、日本のマッチングアプリは、その大半が男性有料で女性無料である(一部そうではないサービスもあるが少数である)。しかも女性で無料である分を補填する必要があるのか、値段も他のサブスク(エンタメ系、ユーティリティ系、自己研鑽系含め)とは比べ物にならないくらい高い。1 ヶ月だと 4,000 〜 5,000 円が相場だろうか。メッセージのやり取りをするなどの最低限の機能を利用する場合ですらその値段で、そこに自分のプロフィールが上位に表示されるだの自分の送ったいいねが優先的に表示されるだのオプションを上乗せしたら、万単位の利用料金になっても不思議ではない。そんな金があったらジムでも契約して自分に磨きをかけたほうがよっぽど生産性がある。
別にこの料金が払えないわけではない。しかしこの料金を払った上での実りがあまりにも薄すぎる。まず当然のことながら、課金したところで絶対にマッチできるとは限らない。アプリの質にもよるが、何十人にいいねをして 1 人とマッチできればいいほうなのではないだろうか。もちろんそれで終わりではない。そのあとメッセージのやり取りをがんばって、デートの約束までいけるかどうかはまた別問題である。さらに言えばそこから交流が始まって付き合うまでの道のりもある。最低でもここまで行かない限りはアプリを使う意味もなく、それまでにどれだけの時間と労力とお金を費やせばいいのだろうか。
もっといえば、基本的に女性は、企業で言えば殿様商売である。お金を払わなくても、自分からいいねをしなくても、次から次へとアプローチされるようなので、一人ひとりの対応も希薄で雑なものになる。マッチして、途中までメッセージを続けていたら、ある日突然メッセージが来なくなる。おそらく他にいい男でも見つけたのだろう。まあこれは男側にもあることなのだろうし、引く手あまたで選ぶに困らないなら一人ひとりへの対応が雑になるのも致し方ないことなのかもしれない。それは別に構わない。でも、いいねされたりマッチングが成立したりして今度はいい出会いになるだろうかと、ほんの少しでも期待した矢先、実はそれは操作ミスで誤って押してしまっただけで、こちらからメッセージを送っても一向に返信が返ってこない、挙げ句ブロックされる、なんてことも往々にしてある。サービスの料金体系上、女性の分も肩代わりしてまでマッチングアプリを利用して、しかもこちらからいいねをしたりメッセージを送ったりしているのに、このようなことが頻繁に起こると、正直がっかりする。努力と報酬が釣り合っていないと感じる。だからドーパミンも出ないしやる気が出ない。もっといえば、いつ付き合えるかもわからない状態で、延々とアプリに利用料金を払い続けるのも馬鹿らしくなってくる。だから続かない。
直近でも、全然アプリを使っていなかったのに、いいねがたびたび来たりしていた。でもそれらはすべて誤操作によるものだった。メッセージを送っても返ってくることは一度もなかった。まあ、「ごめんなさい、誤操作でいいねしちゃいました、実際にはするつもりはなかったです!」なんてメッセージが来たらそれはそれでショックというか失礼だし、それを確認するために課金しないといけないという 💩 な事態になってしまいかねないので、無視するのはある意味ありがたいし、むしろブロックしてくれたほうが数日待てば返ってくるかもしれないと淡い期待を抱く必要もないのでよりありがたいのだが。ただこの糠喜ばせは正直アプリを使っていて一番がっかりすることである。そしてこんなので商売をする運営会社の倫理観も正直疑うレベルである。
思った以上に長くなってしまったが、マッチングアプリもやる気は出ないしかといって日常で出会いがあるわけでもないので、来年も望み薄である。まあ彼女も配偶者もいないという点では海外へ拠点を移すというのもしやすくなるので、あとは時間の問題なのかもしれない。彼女ができるのが先か、彼女もできずこの国に嫌気が差して海外に転出するのが先か。
ちなみにこの奢る奢らないとか、アプリが男だけ有料だとかいうのは、特に東アジア固有の文化であり、万国共通のものではないらしいということは一応述べておく。
まとめ
例年同じような日々を過ごしているのだが、今年もたいした実りもなく、楽しいことも特になく、平凡どころか税金・保険料支払いのための資金繰りに苦労したりしたさんざんな一年だった。あまりにも人生がつらく無味乾燥としており、どの方面においても不満は募るばかりで、何のために生きているのか正直わからなくなってきている昨今である。生きるために仕事をしているのか、税金を搾り取られるために仕事をしているのかもわからなくなってきているし、何が楽しくて日々を過ごしているのか、たまに本当にわからなくなってくる。定期的に鬱になり、身体を動かすことも起き上がることもできないときもあった。
人生に使命などなく、果たすべき義務もない。人生は虚無であり、何をしてもいい。そんなふうに考えて、自分が生きたいように生きることに一抹の期待を抱いて気力を取り戻すこともあったが、根本的に本当に望む生き方はいまだできていない、というより見つけられていないのが現状だ。出会いがあれば、その中で気付けることもあるかもしれないが、その出会いも今のところ皆無である。正直人生詰んでいる。
少し前からなんとなくバーにでも行ってみようかなと思っていたけどまだ行けていない。年が明けて税金の支払い等が一段落したら、まずは人生初めてのバーにでもチャレンジしてみようかな。お酒は飲めないのでノンアルバーで。
あけおめ
毎度のことながら一度書き始めると書こうと思っていなかったことまでつらつらと書き始めてしまい想定よりも書くのに時間がかかってしまうのは自分の悪い癖で、22 時半ごろに書き始めたのに、もう時計は 0:45 を指している。2 時間以上ずっと書き続けている。単純に疲れるし文章もぐちゃぐちゃになってまとまらなくなってくるのでやめたいのだが、なかなかうまく切り上げられない。文系ではないし国語はかなり苦手な科目だったから仕方ないのかもしれない。年を越す前に書き終えて公開しようと思っていたのだが、案の定、書きながら年越しを迎えてしまったようだ。
というわけで、あけましておめでとうございます。いったいどれだけの人がこれを読んでいるのか知りませんが、今年もよろしくお願いします。
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