オナ禁に意味はあるのか否か考察してみた
最近またオナ禁について触れる機会があって、結局どっちがいいのか分からないし試してみるにしてもわりと根気がいるので、両者のメリット・デメリットとオナ禁を始める場合のポイントについて自分なりにまとめてみることにした。
オナ禁ってメリットあるの?
最近、オナ禁について考えている。巷ではオナ禁で人生が変わったと主張する人がいる一方で、オナ禁にメリットはない(むしろデメリットもある)とする風潮もある。オナ禁をすべきだとする人の中には個人の実体験をもとに語っている例が少なからずあるが、どちらもある程度の科学的根拠をもとにその主張をしており、果たしてどちらが正しいのか未だに分からない。
そこで今回は、現時点におけるオナ禁賛成派と反対派の双方の主張を汲み取りつつ、どのように向き合っていけばいいのかについて、筆者独自に考えてみることにする。
それぞれの主張
まず、両者の主張についてざっくりとまとめてみる。なお、それぞれの主張のぶつかり合いは熾烈を極めており、これですべてを網羅しているというわけではないが、代表的なところを拾い上げてそれぞれになるべく公平に論じてみることにする。もちろん筆者本人の主観も多分に含まれているから、完璧な公平性が保たれているわけではない点に注意してほしい。
肯定派の意見とその反論
オナ禁肯定派の意見としてはざっくりと以下のものがある。
- 日常の些細なことが楽しくなる
- 行動的になる
- 目覚めが良くなる
- 筋肉がつきやすくなる
- 自信がつく
- モテる
6 つあげたが、主張としては主に前半 3 つと後半 3 つに分けられる。前半 3 つはドーパミンの作用によるものだ。性欲とは子孫繁栄のための本能に基づくもので、魅力的な異性を見ることでドーパミンを分泌させてセックスをしたい(その結果として射精したい)という行動につなげる働きがある。オナニーやポルノは直接的にその目的を達成するものではないものの、裸の異性を見る → 興奮する → 射精する、という回路を刺激するため、目の前に実際に異性がいなくてもドーパミンが分泌されてしまう。ポルノを見ずに想像だけでオナニーをした場合も、同様に最終的な経路に射精による快感を伴うため、その過程において同じようにドーパミンが分泌されると考えられる。
ドーパミンは幸せを感じるホルモンであるとよく説明されるが(それも完全に間違いというわけではないが)、厳密には期待を促すホルモンである。どんなに疲れていても、空腹でこのままでは力尽きてしまうという状況下では、食べ物を買ったり料理したりするモチベーションがなくても、実際にはどこからか最後の気力とも言うべきなにかがわいてきてなんとか食料にありつこうとする。これがドーパミンの作用である。そしてこれにより飢えをしのぐことで生き延びることができる。もしドーパミンが分泌されなかったら、あとちょっとのところで食料が手に入る状況でもそれを手に入れるための行動ができずそのまま餓死してしまうだろう。
そしてポルノ視聴やオナニーといった行為は、性欲を満たすためにドーパミンが分泌され行動が促進されるが、実際の繁殖行為ではないため、その先に達成されるものがなく、満たされないということになる。そのせいでもっと強い刺激を求めるようになり、さらにポルノやオナニーにハマってしまう、というドーパミン中毒につながるおそれがある。
そのドーパミンの分泌量や働きを正常に戻すことによって、今まで興味を示せなかったものに興味が持てるようになったり、オナ禁によって温存されたドーパミンを他の活動に回せるようになったり、ドーパミンが余っていることで朝もスッキリ目覚められると主張する。
もちろんこの原理はオナ禁否定派でも納得できるところではあると思うが、それを言い始めると、じゃあ美味しいものを食べるとかでもドーパミンは(それほど味が濃くないものや好みではないものと比べたときに)より多く分泌されるから、美味しいものを食べるのも抑制すべきだということもできてしまうし、いったいどこまでを禁欲の対象とすればいいのかについては、科学的なコンセンサスがあるわけでもなく、欲を封じすぎてストレスを抱えるのは心身の健康に逆効果だとも言えるし、かといって特定の行動に偏るとそれが依存の対象になるので一口にオナ禁だけはやっておいたほうがいいともなかなか言えない気もする(まったくオナニーしてなくてもゲームやギャンブルにハマりまくって人生が狂ってしまう人とかもいるし)。
そして後半の 3 つは主にテストステロンと呼ばれる男性ホルモンの働きによって説明される。テストステロン値が大きい人ほど筋肉がつきやすいという話はよく聞く。また、勝負に勝ったり成功体験を積み重ねることでも上昇することから、自信がつくとも言われている。そしてテストステロン値が上がることで魅力的な見た目になることで、異性からもモテやすくなると説明する人もいる。筋肉がつくことで自信がつくとも言えるし、筋肉と自信があるからモテるとも言えるし、これらの効果は互いに作用し合っているとも説明できる。
そして、オナ禁肯定派は、射精をすることによってこのテストステロン値が減少することを主張する。ただ、ここがかなり争点になるところで、これに関しては科学会でも意見が割れている。射精することでテストステロン値が下がったという研究結果もあれば、逆に上がったという研究もある。また、否定派の意見でよく主張されているのが、オナ禁によって(射精をしない期間を設けることによって)テストステロン値が上昇するのは最初の 1 週間のみで、それ以降は特に変化が見られなかったというデータがある点についてだ。
この点についてはお互い平行線をたどっているように見えるので、現時点ではなんとも言えないといったところ。身も蓋もない言い方にはなるが、どんな身体の反応にも個人差があったり個人の体調や疾患によってその効果は大きくぶれたり真逆に振れたりすることも科学の世界では珍しくないので、ある人には射精によってテストステロンが上がるかもしれないし、またある人にとってはその人の体調により逆に下がる可能性もある。それがオナニーなのかセックスなのかっていう違いや、どういう気持ちでそれに臨んでいるかによっても変わってくるだろうし(また誘惑に負けちゃった、と思っていれば自己否定につながるから少なくともメンタルが悪化するのは想像に難くないし)。
以上がオナ禁肯定派の意見とその反論だ。もちろんこれ以外にも実際に試した人が感じた体験はたくさんあるだろうが、共通するところとしてはざっくりとこんな感じだろう。
否定派の意見とその反論
一方で、オナ禁否定派の意見としてはざっくりと以下のものがある。
- ストレスが軽減される
- 睡眠の質が向上する
- 不安やうつといったメンタルの問題が改善する
- 免疫システムが正常化する
- 前立腺がんのリスクが下がる
まず前提として、オナ禁否定派は、オナ禁のメリットには科学的な証拠が十分ではないという主張をする。つまり、オナ禁肯定派がメリットとしてあげているものを、根拠がないとして否定している。オナニー(射精)によってオキシトシンやエンドルフィンといったホルモンが分泌されることでストレスが緩和され、ストレス解消になる。ストレスが心身の健康を損なうことはもはや疑いの余地はないだろう。ならば、そのストレスを解消するための行為としてオナニーをすること、またそのためにドーパミンを分泌するのは、トータルで見たときには心身の健康にプラスに働き、日々の生活の活力を養うのに寄与しているのではないかという主張だ。
テストステロンに関してもすでに肯定派の反論として述べたとおり、射精によって上がるとも下がるとも言われているし、オナ禁開始から 1 週間まではたしかに上がるが、それ以降は変化がないとも言われているから、射精でテストステロンが下がるのをデメリットとしてあげるのは早計なんじゃないか? とも主張している。
そのうえで、さらにオナニーにはメリットがあるとも述べている。先のストレス解消に付随して、睡眠の質が上がる可能性を示唆する研究結果もある。オナニーによってストレス解消になるのなら、それでその日一日の嫌な出来事などが寝る前に思い出される確率も減り、結果、眠りやすくなって睡眠の質が向上する、というのは納得できる理屈ではある。もちろんその際にポルノを延々と観てしまい、興奮しすぎて逆に眠りづらくなる(あるいは明るい画面の刺激によって脳が覚醒するなど)といったことについては注意しなければならないのはもちろんだが。
また、メンタル面においてもポジティブな効果があったと報告する研究結果もあったりする。これもストレス解消や睡眠の質と連動してそのような効果がもたらされるのも不思議ではない。
さらにいうとオキシトシンやエンドルフィンといった安らぎを与えるホルモンの上昇によって相対的にコルチゾールなどのストレスホルモンが低下し、それが免疫システムに良い影響を与えるという報告もある。実際、オナニーの前後で血液中の成分を測定した実験があるらしく、白血球数やナチュラルキラー細胞の数の増加が認められたとのこと。
そしてさらに、前立腺がんのリスクが下がったという研究結果もある。月に 21 回以上射精する男性は、そうじゃない男性に比べて前立腺がんのリスクが 31% 低いというデータもあるそうだ。
総じて言えば、オナ禁否定派の意見は、心身の健康にメリットが多いから我慢せずにオナニーしたほうがいいんじゃないか? という主張になっている。
もちろんこれに関してオナ禁肯定派の反論がいくつかある。まず、ストレスが軽減されるであったりメンタルが改善するという点に関しては、オナ禁否定派の主張と同様に逆の結果を示すデータもある。たしかにオナニーによってメンタルが悪化してストレスが増えるという研究結果もある。しかしこれは本人のマインドセットによるところが大きく、オナニーをすることに罪悪感を抱いていたり、ポルノの長時間の視聴を時間でコントロールできず、時間を無駄に過ごしてしまったという後悔の念を抱くケースにおいてはオナニーの悪影響が認められるとのこと。つまり、変に罪悪感を抱いたりこんなふしだらな行為をしていると恥に感じたりしなければこの悪影響は発生しないのではないか? という意見もある。
また、日常のストレスのはけ口として、いわゆる現実のつらさから目を背けるためにオナニーをした場合は、同じようにメンタルに悪影響を及ぼすことが知られている。これに関してもオナニーそのものがというより本人の向き合い方の問題になるので、その対象がアルコールだったら同じ問題が起こるのと同じことであると言える。ともあれ、少なからずオナニーによる心身の悪影響が発生するケースもあり、自慰行為、特にポルノの視聴を伴うものは刺激が強くアルコールのように依存しやすい行為ではあることには違いはないので、意識的に頻度や回数をコントロールしたりする必要はあるのではないか? というオナ禁肯定派の主張は真っ当だと言える。
また、前立腺がんのリスクに関しても同じ研究内容において捉え方に注意すべきだという反論もある。たしかに月 21 回以上の射精で前立腺がんのリスクが減った、というデータはあるが、そのデータ(おそらく射精の頻度の部分に関するデータだと思われる)は自己申告であり、正確なデータとは言えないのではないか? といったものである。たしかに自己申告ってわりと信憑性が薄い面は否定できず、たとえば摂取カロリーについても、自分の主観的な摂取カロリー量と実際のその人の摂取カロリーには 40% ほどの誤差が認められれた(実際の摂取カロリーのほうが多い)というデータもあるくらいで、人間の脳は自分が都合の良いように事実を捻じ曲げたりする習性があるらしいので、この反論についても妥当だと言える。
それから、一言でがんと言っても、悪性なのかそうじゃないのかについても考慮する必要があり、悪性度の高い前立腺がんについては射精との因果関係が認められないというデータがあったり、射精回数が多すぎると、それ以外の疾患による死亡リスクがほんの少しだけ上がるというデータもあるようだ。そして、後者のデータについてはあまり語られていない点についても注意すべきであるという主張がある。
さらに言えば、サンプルの取り方についても気をつけなければならず、かつてほんの少しの飲酒は、まったくお酒を飲まないよりも健康にいい、という研究結果が発表され信じられていた時期があるが、実際にはドクターストップがかかるほどの疾患をすでに抱えており、お酒が飲めない人もこのサンプルの中に含まれていたことで、そういう誤った結果になっていたということもある。現在ではアルコールの健康効果は否定されており、飲めば飲むほど身体にはダメージがあると言われている(ワインに含まれるポリフェノールなどは健康に良いが、アルコールが良いわけではない)。
それと同じことが、射精と前立腺がんの関係にも当てはまるのではないかというものだ。つまり、射精が頻繁にできない健康状態の人を含めていたら、より射精ができる人のほうが健康的というデータが導き出されてしまう可能性があるということだ。自己申告というのと相まって、たしかに前立腺がんとのリスクについては盲信しないほうがいいだろう。
ついでにいうと、前立腺がんはがんの中でも比較的死亡率が低いものとされており、ステージ 3 までの 5 年相対生存率はほぼ 100% と言われている。そのため、この話に限って言えば、データも研究の仕方も信憑性が疑われるなか、前立腺がんのリスクだけに怯えて無理に射精する必要はないと言ってもいいだろう。
以上がオナ禁否定派の意見とその反論だ。こちらもデータの信憑性や逆の証拠を示すデータがあったりして、結局どっちが正しいのか判断がつかないところ。特にオナニーに対する捉え方や本人のメンタリティに関しては個人の主観によるところが大きく、あくまで仮説の域を出ていない。
オナ禁に対するバイアス
何度も繰り返しになるが、科学的にも意見が割れているものが多く、そこには複雑な因果関係や考えられるので、結局、どちらの主張が正しいのか、あるいは双方にメリットとデメリットがあるとして、結局オナ禁はすべきなのかしなくても良い(するべきではない)のか、検討もつかないところではある。
そして、ここまでの話からもわかるとおり、科学は常に正解を示すわけではない。現代科学はある程度の信憑性と信頼性があるとはいえ、100% 正しいことを証明することはできない。そのため、実験の手法やサンプリングの仕方によっては結果が良いとも悪いとも出てしまうことは往々にしてあり得るし、前提条件やその他の要因を考慮していないことによって真逆の結果を導くことも少なくない。本題についてもまさにその代表例と言えるだろう。
その点において注意しなければならない点は、人間には快楽原則があるという点だ。人間は楽なほうに流れる生き物である。だから、今の自分が楽になる証拠と、苦痛を伴う証拠の両方があったとき、人間は前者を信じたくなるものである。
つまり何がいいたいかと言えば、(現状、特に疾患を抱えていないことを前提として)定期的にオナニーをするのは簡単だが、オナ禁をするのは難しいということだ。オナ禁をするのとしないのとでは、どちらが人間にとって(特に性欲が強い若い男性にとって)楽かと言えば、しないほうが楽なのはわざわざ語るまでもないだろう。これは言い換えれば、オナニーをするメリットを享受するのは簡単だが、オナ禁のメリットを享受するのは難しいということだ。そして、研究でも、半年や 1 年とかいった長い年月でオナ禁をしている人とそうでない人を対象としたものがないことから、オナ禁のメリットが軽視されている可能性もある。
その意味では、オナ禁に有利なエビデンスと不利なエビデンスの両方があったとき、前者が語られづらいバイアスが働く可能性が否定できない。つまり、楽なほうを信じたい人にとっては、オナ禁に有利なエビデンスは「この場合の可能性が考慮されていない」といった反論が出てくることが予想され、快楽原則からいっても、おそらく総人口としてはオナ禁をしている人よりも定期的にオナニーをしている人のほうが多いと予想されるから、この声はより一層大きくなると考えられる。
たとえば、これは筆者自身もかなり疑っている面があるのだが、オナ禁を始めた人は、それ以外のものも同時に変えている可能性が高い。最も考慮すべきは、ポルノの視聴をやめたことだろう。たいてい、「オナ禁を始める」というのは、オナニーをやめるのと同時にポルノの視聴もやめているケースが多いだろうと推測する。
であるなら、オナ禁によって良い結果がもたらされたとき、果たしてそれはオナニーをやめたことが要因なのか、それともポルノをやめたことが要因なのかはっきりしていないということだ。本当に「オナ禁に効果がある」と主張したい(科学的に妥当な判断をする)なら、オナニーとポルノを両方やっている状態から、ポルノだけをやめてしばらく過ごしたパターンと、ポルノは観るけどオナニーは我慢してしばらく過ごしたパターンの両方を検証しなければならないことになる。そしておそらく、その両方を試したことがある人はそんなに多くないと考えられるし、そういう研究結果も今のところたぶんない気がする。
それから、オナ禁を始めるメリットの中に「異性にモテる」というのがあるので、それをモチベーションに始めた人は、たいてい筋トレとか健康的な食生活(特にたんぱく質や亜鉛を多く含む食品を積極的に摂る食生活)も同時に始めてしまう。もちろん個人にとってそれはいいことなのかもしれないが、「オナ禁に良い効果がある!」と根拠を持って主張したいなら、同時に始めるのは悪手だろう。だって、それって結局、筋トレや健康的な食事がモテにつながったんじゃないの? って言うこともできるわけで、筋トレはもちろんのこと、食事を意識することで健康が促進され、それが異性にとって魅力的に見えることもまったく不思議ではない。
また、オナ禁をしたことによってドーパミンを他の活動に回せるようになったから、自然と筋トレや健康的な食事に意識を向けられるようになったという見方もできる。たしかに、ドーパミンに関して言えばオナニーでもポルノでも分泌されるはずなので、どっちも制限することがドーパミンの消費抑制(他の活動に回すドーパミンの増量)にとってはいいのかもしれないが、それでいうなら(オナニーと同程度の)定期的なセックスもダメなのか? みたいな話になってくるので、考えれば考えるほど複雑な要因が絡んでいると言える。
自分で試すしかない
というわけで、現時点においては、結局のところ、自分で試すしかないようだ。どっちを試すかでいえば、間違いなくオナ禁のほうだろう。もちろんふだんからほとんどオナニーやポルノ視聴をしない人にとっては、逆にオナニーをしばらく定期的に続けてみてどう変化するのかを確かめることになるが、おそらくそっちのパターンの人はそんなに多くはないと予想される。それに、もともとオナニーをしていなくて、特に日常生活にも問題がなく、ストレスも他のことでコントロールできているのなら、無理に始める必要もないだろう。
だから、試すなら(ふだんからオナニーをしている人にとっての)オナ禁だろう。それをしばらく自分の身体で試してみて、肉体面や精神面、あるいは日常生活や人との関わりといった要素にどういった影響をもたらしたかを調べてみるしかない気がする。少なくとも現時点では。
観察の対象は、オナ禁肯定派の主張にあるような日常生活における行動力や集中力の向上、筋肉のつきやすさ、異性との関わりの変化などに加え、メンタルが改善したかとか寝つきやすくなったかといった、オナニーのメリットにあげられるものが変化したかどうかもあわせて意識してみるのがいいだろう。
その結果、しばらく続けてみてもやっぱり効果がないと分かったらやめればいいし、効果を明確に実感できたのならできるところまで続ける、あるいはオナニーの頻度や刺激を減らしてみるのがいいだろう。
こういうと、オナ禁肯定派に偏っているという見方をされてしまうかもしれないが、筆者自身はむしろオナ禁に懐疑的な意見を持っている。だけど科学的に意見が割れているなか、自分で試してもいないのに結論を出すことはできないし、オナニーを続けること自体は何の苦労もないので、公平に判断するなら、むしろオナ禁のモチベーションを高めておくほうがいいだろう。
もちろんこれで明確な効果を実感できたからといって、それが万人に当てはまるとは証明できるわけではない(サンプル数 1 なので)のだが、少なくとも自分が効果を実感できていてそれをポジティブに受け取れるのなら、他の人に当てはまらなかったからといって無駄というわけではないだろう。
ということで、ここからはオナ禁を継続するにあたってどのような点を注意すればいいのかについて個人的にまとめてみる。
情報を集める
まず、オナ禁のメリットについての情報をひたすら集めてみるところから始めてみるのが良さそうだ。どれだけ IQ が高い人でもフェイクニュースには騙されてしまうことがあることが研究で示されているし、エコーチェンバー現象という言葉を聞いたことがある人も少なくないだろう。
これらの現象は、フェイクニュースや陰謀論に騙されないために注意すべき問題ではあるが、ことオナ禁に関して言えば、長期間射精をしないことで深刻な健康被害が出るといったデータがあるわけでもないので、騙されたと思ってしばらく試してみる価値はあるとは思う。
とはいえ運動やら食事やらと違ってかなり情報が錯綜している話題ではあるので、無作為にオナ禁について調べる(メリットもデメリットも公平に調べる)だけだと、「やっぱり意味ないんじゃないの?」とか「むしろストレスが溜まって逆効果なんじゃないの?」といった疑念がわいてくることだろう。なんでそっち側に傾くかといえば、先述した快楽原則があるからだ。頻度の差はあれ、もともとオナニーをしていた人にとって、それを続けることとやめることのどっちが楽かと言ったら、もちろん続けること(やめないこと)のほうが楽だからだ。
なので、もしオナ禁を試したいのなら、いったんオナ禁のデメリットやオナニーのメリットについての情報はシャットアウトして、逆にオナ禁のメリットやオナニーのデメリットに関する情報をひたすら集めていくのが良いだろう。Kindle とかで調べればいくらでもその手の本が見つかる。繰り返しそちらの情報だけに触れていけば、オナ禁を継続しやすくなるのは間違いないだろう。つまり、オナ禁を試している間は、フェイクニュースに騙される人間の心理やエコーチェンバー現象を逆手に取れば良い。
それで何かしら自分の人生や生活にとってプラスに働けば万々歳だし、特に効果を実感できなくてもそれはそれで「オナニーばかりしていて良いのだろうか?」とかそういった疑念を払拭することができるかもしれないから、有意義な個人検証にはなるだろう。
もちろん、だからといってそれが科学的に根拠のあるエビデンスになるとは限らない。オナ禁とは無関係に偶然訪れた異性との縁を「オナ禁のおかげだ」と勘違いしているだけかもしれない(因果関係を証明できていない)し、サンプル数 1 だから万人にとって当てはまるとも限らない。それから、あとで詳しく述べるが、オナニーに対する心理(罪悪感や自責の念)が悪影響を及ぼしているだけで、ポジティブな気持ちで臨んでいるなら問題がないという可能性についても、オナ禁という行動の変化だけでは説明できていないという点についても考慮しなければならない。
だから、個人の実体験がそのまま科学的なエビデンスになるわけではないが、これだけ意見が真っ二つに分かれているなら、「自分にとってはどうなのだろう?」という観点で試してみる価値はあるだろう。科学的根拠や因果関係はどうあれ、それでポジティブになれたり生活に良い結果がもたらされるのなら、やってよかったと思えるだろうし、そうじゃなくてもその体験を通して自分を知る良いきっかけになるだろう。
期間を決める
オナ禁を始めるにしても、期間をしっかりと決めておいたほうがいいだろう。今日から死ぬまでいっさいやらないと決めるのは、正直、実現可能性がかなり低い。そもそもここでオナ禁をする場合の心構えやテクニックを列挙しているのは、個人の実体験もそうだし科学的にも意見が真っ二つなので、とりあえず自分の身体でしばらく試してみて変化があるのかどうかを調べてみるのが目的である。たとえば 1 年間ずっとオナ禁を続けたけど特に変化がなくて、しかもそれでもなお発散できないことがつらいと感じているなら、それ以上続ける意味は正直言ってあまりないだろう。
とはいえ、1 〜 2 週間続けて効果がないのは、単に禁欲の期間が短すぎるだけな可能性もあるので、とりあえずここまでは続けるという明確なゴールを定めておくのが重要だ。これはオナ禁に限らずなにかしらの目標を達成する上で普遍的に利用できるテクニックだ。
なので、とりあえずまずは 1 週間と決めておいて、それが達成できたら次は 2 週間、その次は 3 週間、さらにその次は 1 ヶ月、と徐々に目標を増やしていく。ただしこれでは結局どこまで続ければいいの? という最初の問題の解決にはなっていないので、たとえば半年経っても何の変化も感じられなかったら、我慢して続ける必要はない、と判断してやめてもいいということにする、というふうにゴールを延長する限界を決めておくと達成しやすいと思う。
もちろん、効果がなかった反面、特にデメリットも感じなかった(我慢しているせいでイライラするといったこともなかった、あるいはなくなった)のであれば、せっかく半年も続けたんだから、もうちょっと続けてみるか、というのもありだし、自分が決めた最終的な期間まで達成したのに、ここでやめたらもったいないとかいって我慢してかえってストレスを溜めてしまうくらいならやめたほうがいいのかもしれない。
そもそも効果にはっきりとした科学的な裏付けがないからゴールの設定自体もどれくらいにすればいいのかは分からないが、巷に溢れるオナ禁に関する本のタイトルや紹介文をざっと眺めた感じだと、半年くらい続けると明確に変化が現れると主張する人が多いので、まずはこのあたりを最終的なゴールとしつつ、始めたばかりのころはとりあえず 1 週間といった短期的な目標にしておくのがいいだろう。
拮抗する行動を決める
次に気をつけるのは、あらかじめ拮抗する行動を決めておくことだ。日ごろから頻繁にオナニーをしていればしているほど、特に最初のうちはムラムラが抑えられなくてストレスを感じたり、「こんなことして意味があるの?」と疑問を持ってやめてしまいたくなるだろう。
これはオナニーに限った話ではなく、習慣全般に対して言える。ダイエットや断酒、禁煙など、多くの人がそれらに挑戦して失敗している事実は、もはや誰に聞くまでなくともありふれた体験談だろう。
基本的に人間は一度習慣化された行動をやめることはできないと言われている。人間にはホメオスタシスと呼ばれる生命維持機能が備わっており、ふだんと違う状態がしばらく続いたら、それを脳は「脅威」と認識し、元の状態に戻そうとする。原始時代においては環境や行動の変化がそのまま死につながるケースが珍しくなかったため、人間の脳は変化を極端に嫌うようにできている。
じゃあオナニーに限らず、ダイエットも断酒も禁煙も、ぜんぶ不可能なのか? というと、そんなことはない。習慣を直接的にやめることはできないが、拮抗する習慣に置き換えることはできる。拮抗する習慣というのは、既存の習慣(やめたい習慣)と同時にはできない習慣のことを指す。たとえば「タバコをやめる」という目標を立てたとしよう。このとき、ふいに喫煙をしたくなったら、代わりにガムを噛むようにする。タバコを吸うこととガムを噛むことは同時に実行できないので、喫煙に対してガムを噛むことは拮抗する習慣に当たる。
同じように、オナニーをしたくなったら、それと同時にはできないことを代わりにする、とあらかじめ決めておくと良い。オナニーは手を使う行動だし片手間でやることは滅多にないだろうから、拮抗する習慣はいくらでも思いつくだろう。たとえば、オナニーをしたくなったら
- とりあえず 5 分だけ瞑想をしてみる
- とりあえず 10 回だけ腕立て伏せをしてみる
- とりあえず軽食を摂ってみる
といった具合だ。研究でも、お菓子を食べたいという衝動に駆られた被験者にとりあえずテトリスを 3 分間だけ遊ばせたら、お菓子を食べたいという欲求が低下したという結果が報告されている。「長時間ごはんを食べていなくて、今すぐになにか食べないと死んでしまう!」といった命に関わる極限状態でない限り、人間の欲や感情は一時的なものであることが多いから、いったん注意を別のところに向けることによって、その欲を我慢せずに抑制することができる。
とりあえず一定期間、オナ禁にチャレンジするだけなら、拮抗する習慣は何を選んでもいいだろう。ゲームが好きならゲームでもいいし、食べるのが好きならお菓子を食べるでも良いと思う。また、複数の行動を組み合わせるのでも良いと思う。5 分間の瞑想でもムラムラが全然収まらないんだとしたら、続けて軽い筋トレをしてみるのもいいだろうし、そもそもそんなことに意識が向かないくらい衝動が抑えられないのなら、深呼吸をするといった、もっと難易度が低いことを、衝動が収まるまでしばらく続けるとかでもいいと思う。
もちろん、強い刺激のあるものを選べば選ぶほどオナニーの衝動は抑えやすいだろうが、じゃあ今度はその強い刺激(刺激的なゲームや甘いお菓子)が悪習慣として身についてしまったらどうするんだっていう問題はあるので、健全に安全に実践したいなら基本的に刺激が少ないものか、あるいはプラスになる行動を選んだほうがいいとは思う。ただ、とりあえずオナ禁が良いのか悪いのか、少なくとも自分の中では白黒はっきりつけたいという気持ちが強くてそれを優先したいなら、とにかくオナニーから意識がそらせるものならなんでもいいというルールにしてみるのも手ではある。
自己観察をする
それでもまだ衝動が抑えられないのであれば、そもそも今の自分はなぜオナニーをしたいのか? について深堀りしてみるのも、オナ禁の達成に関わらず習慣や禁欲を続ける上で重要なプロセスである。単に「ムラムラしているから」とか「それが本能だからだ」といった理由で済ませるのではなく、その背景にある自分の欲求の動きを自己観察をしてみるのが良い。
もしかしたら性欲がわいているのではなく、単に今やることがなくて退屈しているから、その退屈を凌ぐために、手軽な刺激として性欲を満たしたいと思っているだけかもしれない(脳は退屈を嫌がるので)し、日常生活で嫌なことや仕事のストレスの発散先としてオナニーを選んでいるだけかもしれない(ストレス発散なら他の手段も取れる)し、あるいはなんか人生が充実していないと感じたり将来の漠然とした不安を抱えたりしていて、その不満や不快感から逃れるために現実逃避として手近なポルノに手を出しているだけなのかもしれない。
特に現実逃避としての行動は、いかなるものでも依存症になりやすい。それがポルノなど脳にとって刺激の強いものであるならなおさらだ。ポルノ中毒の人の脳はドラッグ中毒者の脳の状態と同じという研究もあるくらいで、依存症のプロセスとしては同じと言える。これはオナニーやポルノうんぬんよりも現実逃避をしてしまっていることが問題である。その対象をお酒にすればアルコール依存症になるので注意が必要だ。
いずれにしても、日常でふとした瞬間にわきおこるムラムラは、単なる性欲ではない可能性があるので、まずは性欲なのかそうではないのかを見極める必要がある。目の前に自分にとって魅力的な人がいるならまだしも、一人で過ごしているときにふとわきおこるそれは、ただの一過性の衝動に過ぎないことのほうがむしろ多いだろう。その結果、本当にそれが純粋な性欲なんだったらもはや無理に我慢する必要もないだろうが、目の前にパートナーがいない状況ではそのケースは稀だろうから、まずは自分の内面を観察してからでも遅くはないだろう。
頻度の段階を踏む
ここから先は、今日からしばらく完全にオナニーをやめるという方法ではなく、少しずつやめていってどう変化するかを確かめる手法について考えてみる。つまり、毎日オナニーをしている人なら、その頻度をまずは週 5 日(土日はやらない)にしてみる、それができたら、今度は平日隔日(月・水・金)にしてみる、それもしばらく達成できたら、次は週 1 にしてみて、最終的に一切やらない期間をしばらく設けてみる、といった感じだ。
ダイエットでもまったく運動習慣がなく食事も好きなものを好きなだけ食べていた人が、急に激しい運動と極端な食事制限をしてもうまくいかないどころかリバウンドして逆効果になるように、習慣は一気にやめようとするとストレスになるだけでなく、反動でかえってその行動を助長してしまうおそれがある。おまけに「自分は意志が弱いのだ」とか「自分はダメな人間だ」と自責の念まで抱いてしまったらさらに事態は悪化する。その失敗体験がさらにダイエットや禁欲などの意欲を削いでしまう。
なので、大事なのは少しずつ減らしていくことだ。毎日オナニーしていた人が、急に一切やらないようにするのは、自分から失敗しようとしているようなものだ。少なからず苦痛が伴う行動変化ではあるから、あえて極端なことをして「はい、自分にはできませんでした〜」と(大脳が)諦める理由を作るためにわざと最初は無理な目標を(前頭葉に)立てさせているとも言える。
特に気をつけなければならないのは、最初のモチベーションがあるときだ。最初のうちはモチベーションという原動力があるから、毎日やっている人でも急にまったくやらないようにするのは意外と簡単にできそうだと思えてくる。でもどんな習慣(禁欲)でもだんだんとモチベーションは下がっていくのがふつうだから、最初は楽だと思っていたのに、しばらく経つとしんどくなってくる、といったことは珍しくない。
なので、週 7 → 週 0 といった極端な制限を避けるのはもちろんのこと、週 7 → 週 5 が達成できたとしても、それがたった数週間の出来事だと、その次の週にはやっぱりしんどくなっているかもしれない。
でも、いつしんどくなるかは分からないので、バッファを設けておくというやり方が良いだろう。つまり、週 7 → 週 5 が成功し、週 5 → 週 3 も一時的には成功したけど、やっぱり週 3 でもしんどい…… ってなってきたら、「やっぱり無理だ」と思ってまた週 7 に戻ってしまうのではなくいったん前の頻度の週 5 に戻してみる、あるいは週 5 はできていたから、週 4 を試してみる、といった感じだ。一度達成できなかったからといって、諦めて完全にもとの状態に戻してしまうのではなく、できていたときの一歩手前に戻るといった手法だ。
この方法は、そもそも完全にやめるまでの期間に入るまでにもまたしばらくの時間がかかってしまうが、仕事中(リモート)でもオナニーがしたくなってしまうとか、四六時中ポルノのことを考えてしまうといったポルノ中毒の症状が出ているところまでハマってしまっている人にとっては、オナ禁をするかどうかに関わらず有効だと言えよう。
時間帯を決める
次に検討したいのは、あらかじめオナニーをする時間帯を決めておくというものだ。特に最近はリモートワークが増えてきたこともあって、やろうと思えば(それこそ仕事中であっても)いつでもできてしまうというのが、オナニーの頻度やポルノを視聴する機会を増やしてしまっている可能性が否定できない。Google の研究でも人間は環境によって行動が変化すると言われており、自宅にいるときと比べれば、職場でムラムラする頻度は確実に減っているだろう。仮にムラムラしたとしてもオフィスでできるはずがないので頻度が減るのは間違いないはず。
それと同じことを自宅にいるときでも適用してみるのが良い。今はまだオナ禁に身体を慣らす期間だからオナニーはしてもいいけど、いつでもしていいわけではなくて、たとえば 20 〜 24 時の間だけにする、といった具合だ。あらかじめ時間帯が決まっていればそれ以外の時間帯にムラムラしたとしても我慢しやすいだろうし、しても良い時間帯になったときにもうムラムラしていなければ、それで 1 回分抑えることができたというわけだからオナ禁に一歩近づいたと言えるだろう。
時間帯を決めただけではどうにも抑えられない…… という場合は特定の時間帯に特定のサイトをブロックするようなブラウザの拡張機能を使うのもあり。筆者の場合は自宅のネットワークを魔改造して、特定の時間帯にならないとアダルトサイトにアクセスできないような仕組みを作っていたりする。まあこれはエンジニア向けで、かつめんどくさい環境構築が必要になるので万人におすすめできるとは言い難いが、興味のある人は 物理的にネットワークを分離して特定のサイトに特定の時間帯にアクセスできないようにする あたりを参考にしてみてほしい。
刺激の段階を踏む
また、刺激の段階を踏むという方法も試してみると良いだろう。少し発想を変えて、オナニーをやめる、もしくは頻度を減らすのではなく、刺激の量を減らすというアプローチだ。オナ禁にどれだけの科学的な信憑性があるかはさておき、オナニーをするにしても想像だけで射精をするのとポルノを観ながら射精するのとでは刺激の量が違うのは間違いないだろう。そしてドーパミンの分泌量にも差が出るはずなので、なかなかやめられないのはオナニーではなくポルノのほうである可能性もありえる。その場合なら、ポルノさえやめられてしまえば、オナニーをやめるのはさほど難しくないと言える。
なので、オナニーをする際にいつも強い刺激に頼ってしまう自覚がある(今までよりもっとエッチなものを観たいという衝動が強い)なら、おかずの味の濃さを段階的にあげてみるというのを試してみると良さそうだ。ムラムラしたとき、最初は想像だけで試してみる。しばらくやっても射精もできないし衝動も収まらないなら、次は刺激がマイルドなグラビアアイドルの写真集を見て…… といった具合だ。
個人的な刺激の段階を以下にまとめてみる。あとにいけばいくほど刺激が強くなるので、最初から順番に試していく。注意点としては、刺激の強いものを見たいからあえて刺激の弱いおかずでは射精しないように我慢するとかしてしまったら本末転倒なので、射精するならするで我慢はしないこと。もちろん途中で射精すること自体に意欲が失せたらそれはそれで構わない。
想像
もはや定番だろう。おかずがなかった時代はみんなこれで抜いていたことだろう。
文章
特に性教育目的で作られた記事や画像のないサイト(個人の性行為の体験談を語り合う掲示板など)なら Google のセーフサーチが有効になっていても閲覧できることが多い。画像や映像による視覚的な刺激があまりないので、想像だけでは難しければ想像力の源泉を他人の書いた文章に頼るのはありかもしれない。
グラビアアイドル
Google 検索でセーフサーチを有効にすると、卑猥なコンテンツの表示を制限することができる。それでも「グラビアアイドル」と検索すると水着姿の女性の写真やデジタル版の雑誌のサイトが表示されるので、それをおかずにしてみる。
音声(ASMR)
R-18 指定の ASMR が DLsite や FANZA に販売されている。買わなくてもサンプルを聴くことができるのでそれで想像力を掻き立ててみる。ただしどちらもアダルトサイト(音声以外のアダルトコンテンツも販売している)なので ASMR のページにたどり着くまでにアダルト動画などを観てしまわないように注意。その点、DLsite はいわゆる同人作品でガチのアダルト動画はないので、比較的マイルドかもしれない。あと ASMR の分野に関してはこっちのほうが FANZA よりもメジャーらしいし。
Amazon や Wikipedia など
これらはアダルトサイトではないものの、アダルトコンテンツの販売や性的な表現を含むページが存在している。Amazon に関してはアダルトコンテンツの取り扱いはあっても、アダルトサイトのようにサンプル動画などが視聴できるわけではない(パッケージのみ)ので、アダルトサイトそのものと比べれば比較的刺激が少ない。また、Wikipedia に関しても、あくまで教育目的であるから性的な興奮を助長させるような表現になっていないのがポイント。まあそれをおかずにするのはどうなんだって話はあるけど、思いっきり刺激の強いものを観てしまうよりはマシだろう。
Google 画像検索
Google 検索のセーフサーチをオフにすると、Google 画像検索だけでもわりと刺激的なものは表示される。もちろん Google 自体がアダルトサイトなわけではないしあくまで特定のワードにおける検索結果を表示しているだけだから、個人の趣味趣向にあったものを表示してくれるわけではないという点で、アダルト画像を並べているサイトを直接見るのと比べたら比較的マシかなということで。
ただしそこから直接リンクをクリックしてアダルトサイトにアクセスしてしまったら元も子もないので、そういう意味ではアダルトサイトの次くらいに見るのを気をつけなければならないとも言える。
漫画やゲームなど
漫画やゲームに含まれる性的な表現は、それだけがコンテンツのウリにはなっているわけではない(ストーリーやゲーム性なども重要)ので、アダルトサイトと比べるとそれだけが目的になるわけではないのでマシなのかもしれない。特に漫画は白黒のものが多く、色がないだけでも意外と刺激は減るものである。
風俗サイト
これは意外かもしれないが、風俗サイトは過激な画像や映像を載せると(おそらく風営法などの法律に引っかかって)パトロールの対象となり削除されてしまう。もちろん魅力的な容姿をアピールするような写真が紹介ページに掲載されるのだが、視覚的な刺激だけでいうならグラビアアイドルとそんなに変わらないかちょっとだけ過激なくらいのレベル。それを眺めるだけなら意外とそこまで刺激は強くなかったりもする。
もちろんそれはあくまでサイトを閲覧するだけの話で、その先には「アカウントを作って予約すれば実際にここに写真が掲載された女性とあんなことやこんなことが…… ハァハァ……」みたいな期待が乗ってしまうので油断は禁物だが、サイトを見るだけと割り切っているならアダルトサイトに手を出してしまう手前でこうしたものも選択肢の一つとして入れておくのは悪くはないだろう。
アダルト画像
もうポルノではあるのだが、映像よりも画像のほうが刺激が少ないという点では、映像を観てしまう一歩手前のささやかな抵抗として考慮しておくのはいいだろう。
pixiv
アダルト画像とどっちが刺激が強いのか個人的にも悩みどころだが、誇張された表現が多く色鮮やかで刺激的で、かつ多種多様な性癖を網羅しており特定のジャンルにおいて刺さりやすいという点でアダルト画像よりも刺激が強いものとして位置づけてみた。
ここでは pixiv と書いたが、R-18 系のイラスト全般を含む。日本だと pixiv が一番メジャーだろうからこれを例にあげた。
アダルト動画
もはやこれはポルノの極地だから今さら多くを語るまでもないだろう。もちろんここには 2D だけでなく 3D (VR) も含まれており、そちらのほうがより刺激が強いだろうが、わざわざ分類するまでもないだろう。唯一の救いは準備をするのがめんどくさいからそこまでやらなくていいかと思えることだろう。ともあれ、ここまで来ると明確にポルノと断言できるので、もしオナ禁にチャレンジするのなら、段階を踏むにしても最も避けるべきコンテンツと言えるだろう。
ちなみにこれに関しても筆者の自宅のネットワーク環境では、特定の習慣(瞑想や筋トレなど)をしていないとアダルトサイトに制限がかかるようになっていて、それが段階的に解除できるようになっている。つまり、習慣にしているものをこなせばこなすほど刺激の強いサイトが閲覧できるようになるが、それまでには時間だけでなく労力もかかるので衝動的に見ないようになるし、仮にそれをすべて達成したとしてもそのときにはもう別に見なくても良くなっていたりするから効果は実感できている。
記録を取る
あとは記録をつけるっていうのも習慣や禁欲を続ける重要なテクニックの一つだ。オナ禁を本格的にスタートさせたとしても、自分が今オナ禁生活何日目かを把握していなければ、どれだけ達成できているのかがわからず挫折してしまいやすい。ゴールがどこにあるのか、何キロ走ればいいのかもわからずにマラソンに参加しているようなものである。
これに関しては iPhone ユーザならヘルスケアアプリに Sexual Activity (これ日本語設定だとどういう表記なんだろう) っていう項目があるので、これを活用すると良さげ。筆者もこれを使ってオナニーの頻度や回数を把握している。本来はオナニーに使うものではなくて性行為の記録を行うものらしいが、まあシンプルに回数と時刻を記録するだけならオナニーに使っても支障はない。もし性行為と区別して記録したいのであれば、記録の際にゴムをつけたかどうかを指定する項目が選択肢があって、「つけた」「つけていない」の他に「指定なし」っていうのが選べるので、それを性行為ではなくオナニーの記録としてつけておけば良いだろう。
ネガティブにとらえるのをやめる
そして最後に特に重要なことを書いておく。オナ禁を途中でやめるにしても、オナ禁を本格的に始める前の準備段階として頻度を減らしつつオナニーをするにしても、大事なポイントがある。それは、オナニーをすることに罪悪感を抱いたり自己嫌悪に陥ったりしないことだ。
これはもはやオナ禁に限った話ではなく、なにか禁欲をする場合全般に言えることで、ダイエット(甘いものを食べない)にしても禁酒にしても禁煙にしてもそうだが、それが達成できなかったときに「やっぱり自分には無理だった」とか「誘惑に負けてしまう自分はダメな人間だ」とか「性的コンテンツを消費して彼女を作る努力もしていない自分は恥だ」とか、そういったことを考えてしまうこと自体が脳にとって悪影響をもたらす。
つまり、オナニーやポルノ視聴そのものが明確に悪いかどうかはまだはっきりとは結論が出ていないものの、それをすることに罪悪感や恥を感じたり自己嫌悪に陥ってしまったりするのなら、それは間違いなくあなたに悪影響を及ぼしているということは間違いない。この点はオナ禁を否定する(定期的なオナニーを支持する)派閥でも異論はないだろう。
ようするに、断酒における休肝日やダイエットにおけるチートデイにように、今日はオナニーをする、あるいはポルノを観ると決めたのなら、もうそこに罪悪感や自責の念は感じずに堂々とやることが重要だということだ。下手に後ろめたい気持ちを持って中途半端にやってしまうことが一番よくない。
現実逃避に行うのを避ける
また、オナニーやポルノを現実逃避として行うことも避けたほうがいいだろう。これは仕事や日々の生活のストレス解消をアルコールに頼ると依存してしまいやすいのと同じことだ。先ほどポルノ中毒の人の脳はドラッグ中毒者の脳と同じであるという研究を例にあげたのを思い出してほしい。オナニーもポルノ視聴も、性欲という本能を直接刺激する行為であることに違いはないので、この点ではアルコールやタバコと同じく十分依存性のあるものだと考えて良い。
そしてこれらの依存症のメカニズムに照らして言えば、それがオナニーやポルノなど、繁殖行為につながらないものだからダメという解釈も怪しくなってくる。もしパートナーがいるとして、仕事のストレスを発散するために、あるいは嫌なことを忘れるために、現実逃避としてセックスしているのであれば、それはセックス依存症になる可能性がある。パートナーがいなくても風俗を同様のメンタリティで利用したとしたら同じことだろう。
まとめ
この点を踏まえてもなお、オナ禁には効果があるのか、それは今の科学でははっきりと示されておらず、今後の研究に期待したいところではあるが、それまでの間に少なくとも自分にとっては実りがあるのかどうか、一度試してみるのは悪くはないかもしれない。しかしまったく効果が認められない可能性もあるので、そのせいで我慢するストレスを感じたり、過度な期待をして結局思ったほどの効果を感じられなくてがっかりしたりするくらいなら、わざわざ苦痛を伴ってまで試す必要はないのかな、くらいの温度感が、今の筆者の率直な感想である。
もっとも、今後筆者が本気でオナ禁に取り組んで明確な効果を実感できたのなら、あくまで体験談として紹介することはあるかもしれないが、あまり期待はしないでほしい。そもそも現時点では、禁欲の一般論として試してみる価値はあるかもしれないが、それで劇的に人生が好転するとまでは筆者自身も思っていないので。
